ピジョンの哺乳研究
母親が直接母乳を与えることが最適であることは言うまでもありませんが、何らかの事情で母親から直接母乳を与えることが難しい場合があります。
母親からの直接授乳が難しい場合でも、直接授乳に戻ること、継続することをできるだけ阻害せず、必要に応じて安心して哺乳びん授乳ができ、専門的なケアが必要な赤ちゃんに対しても哺乳をサポートできるよう、私たちは哺乳運動を理解し、赤ちゃんとママにとって真に必要な機能をカタチにすることを目指して、常に新しい観察手法に挑戦しながら新たな知見を積み重ねています。
私たちが目指すのは、様々な理由で母乳育児が困難な場合であっても、すべての赤ちゃんの健やかな成長を支えられるよう最善の方法を提供することです。
ピジョンの哺乳研究アプローチ
ピジョンの哺乳研究で目指しているのは、哺乳運動のメカニズムの解明であり、赤ちゃんがどのように飲むのかという「哺乳すること」の機能的探究です。哺乳運動の根底にある動き一つひとつを追求し、その中で明らかになった哺乳の原理を商品やサービスの開発へつなげることを目指しています。
哺乳運動研究を含む赤ちゃんを対象にした研究の難しさは、赤ちゃんの行動の背景にあるものを洞察しなくてはならないことにあります。大人のように言葉で使用感を伝えることができない赤ちゃんが、どのように哺乳しているのかを解明するためには、まずは徹底した観察が必要です。
そのため60 年の歴史の中で、「赤ちゃんの哺乳運動を見る」ことを続けてきました。
さらに、哺乳時の赤ちゃんの口腔内で行われている様々な運動とその働きは、外観観察だけでは分かりません。
そのため、赤ちゃんの運動を阻害しない口腔内観察カメラや、口腔内の動きを見る超音波診断装置、口腔内吸啜圧の測定装置など、「赤ちゃんを見る独自の研究観察技術」を生み出してきています(図1)。
こうした観察技術を用いて、哺乳運動はどのような原理で成り立っているのか、また商品が直接授乳時の哺乳運動を再現できているか、多くの専門家や赤ちゃんとママの協力を得ながら評価・検証しています。
60年の哺乳研究で見えてきた
「哺乳の3原則」の重要性
ピジョンではこれまでの研究を通して明らかになった哺乳運動に大切な要素を「哺乳の3原則」と呼び、研究開発の中核に置いています。
それは哺乳運動を構成する以下の3つの動きです(図2)。
- 「吸着」と呼ばれる赤ちゃんの口唇、舌による乳輪から乳頭への密着・密閉機能
- 「吸啜」と呼ばれる乳首をしぼり出すようにして乳汁を引き出す舌の運動
- 「嚥下」と呼ばれる乳汁を食道に移送する働き
私たちは、この3つの運動を軸に赤ちゃんの哺乳をとらえることで、哺乳支援に必要な機能、哺乳器に本当に必要な機能が見えてくると考えています。
「吸着」…口唇、舌による
乳輪から乳頭への密着・密閉機能
吸着(ラッチオン)は、哺乳運動の最初のステップであり、続く哺乳運動のベースとなる働きです。
哺乳時、赤ちゃんは口唇を外側に開き、口唇を吸盤のように密着させ、乳頭だけでなく乳輪部までしっかりととらえます。この際に、赤ちゃんの舌は歯槽堤を越え、口唇の先まで伸び、乳首を口腔の一定の位置(ポジション)に納めます。この吸着の働きにより口腔内の密着・密閉が維持され、口角などからの乳汁のモレを防止するとともに、吸啜運動による乳汁の引き出しをスムーズにするとされています3)(図3)。
効果的な吸着(ラッチオン)がもたらす結果3) 5)
UNICEF/WHOにおいて、母乳育児を成功させるためにその重要性が強調されているのが、適切な授乳姿勢と「吸着」です。
適切な吸着(ラッチオン)により、浅いくわえで生じやすい乳頭痛や損傷を予防し、口唇の吸盤効果により口腔内の密閉が保たれることで乳汁のモレを防ぎ、効果的な吸啜による乳汁移行を実現します。
不適切な吸着は、乳頭の傷や痛みによって、十分に乳汁が飲みとれず乳房緊満が発生し、乳汁の分泌が低下するリスクが高まると言われています。効果的な吸着は母乳育児を進めるうえで重要な一歩となります。
「吸啜」…乳首を絞り出すようにして
乳汁を引き出す舌の運動
哺乳時、 赤ちゃんは大人とは異なり乳汁をストローのように吸い出しているわけではありません。乳首を圧迫、吸引して乳汁を絞り出すようなリズミカルな協調運動である吸啜で飲んでいます6)。特にピジョンが着目してきたのは舌の蜻動様運動です(図4) 。口腔内ビデオ撮影法7)や超音波断層撮影法8)などで観察すると、波打つようななめらかな舌の動きによる乳首の圧迫と解放の 連続運動により乳汁が絞り出されていることが観察できます。
ピジョンの研究では、硬い人工乳首での哺乳では、 舌の 動きが直接授乳時の舌の動きのようななめらかな動きとは異なっていること、柔らかいシリコーンゴムを材料とした人工乳首での哺乳では、 直接授乳時の舌運動と同じような舌運動が再現できていることなどが示されてきています1) 9)。
「嚥下」…乳汁を食道に移送する働き
乳汁を引き出す舌の運動
大人が液体を飲む際には、口腔内に吸引された液体をため、呼吸を止めて嘩下します。それに対し、赤ちゃんには大人と異なる、この時期に特有の呼吸と磯下の協調運動が存在することが分かっており10)「乳児嚥下」と呼ばれます(図5)。哺乳時の赤ちゃんには頻回の呼吸と同時に反射的で頻回の嚥下が認められます。乳児期の口腔内は、比較的喉頭が高い位置にあり、口蓋垂と喉頭蓋の距離が近いことから、呼吸しながら嚥下しやすい構造となっている11)12)一方で、呼吸と嚥下の協調運動は完全ではないことも分かってきています。ピジョン中央研究所が2007年~09年に実施した一連の呼吸と暁下の観察研究では、l蕉下の瞬間は呼吸が一瞬抑制されていること、また一方で、際下が休止するポーズ期には呼吸が活発になることが明らかになりましだ13)14)図6) 。特に早産児や低出生体重児では、哺乳中に呼吸が長時間にわたり抑制されやすく、注意が必要であることも分かってきています6)。
また、続く研究では、哺乳中の適宜の呼吸を阻害する要因として乳汁流量の影響があることが分かってきています15)。乳汁流量の多い人工乳首を低出生体重児に用いると、嚥下回数が増加し、口腔内に乳汁が残留しやすくなると同時に呼吸抑制が起こりやすいため、呼吸に負担が生じる可能性があることが示されています。
哺乳の3原則の研究成果に基づく
商品開発
ピジョンでは、研究で明らかになった哺乳の3原則(吸着、吸啜、嚥下)の機能を満たすことを、哺乳器の基本要件としています。
前述したように、「吸着」においては、直接授乳時と同じように口唇と舌で乳頭と乳輪部をしっかりとらえ、口腔内の密閉・密着状態を保つ機能を満たす必要があります。
また、「吸啜」においては乳汁をしぼり出すようにして引き出す舌の蠕動様運動を阻害せず、自然な舌運動ができる機能が求められます。
さらに「嚥下」においては、乳児嚥下における呼吸と嚥下の協調運動を阻害せず、乳汁を安全に食道に流し込む機能が求められることになります。
こうした直接授乳の機能を哺乳器で再現することで、母乳育児を阻害しない哺乳支援を目指しています(図7)。
哺乳の3 原則の「機能」の商品への反映
実際の哺乳器には、以下のような3 原則の機能を反映しています。
例えば、「吸着」においては、赤ちゃんの口唇による密着・密閉の機能を直接授乳時と同じように再現することを目指し、乳房や乳首のカタチの模倣でなく、「吸着」で最も大切な「口唇を外側に開いて深く」くわえる機能をサポートする形状の商品を開発しています(図8)。
また、「吸啜」の観点では、乳首の哺乳中の変化を計測し、そのやわらかさや形状変化を再現する人工乳首を開発しています。
「嚥下」の観点からは、呼吸と嚥下の協調運動を探求し、直接授乳時と同じように赤ちゃんの呼吸の負担とならない乳汁流量の人工乳首を開発しています。
このように哺乳運動研究の成果を商品に反映することで、私たちは高品質な哺乳器の開発に取り組んでいます。
上手に飲めない赤ちゃんでも
無理なく飲める「基本形」
生まれたばかりの新生児や、少し早く生れた早産児、低出生体重児など、哺乳運動がまだ十分に確立していない赤ちゃんたちでも、本来飲むべき直接授乳時と同じように哺乳運動ができる哺乳器が、私たちが目指す哺乳器の変わらない方向性であり、「基本形」です。
赤ちゃんの哺乳運動を研究して適えたい原則を深耕し、その成果を「基本形」の商品に反映することで、幅広い赤ちゃんの哺乳をサポートする哺乳器を提供しています。
基本形から幅広い哺乳の課題解決へ
哺乳の3原則を満たした基本形の商品に加えて、吸啜圧が非常に弱い赤ちゃんや、唇裂や口蓋裂など解剖学的な問題を抱えた赤ちゃんに向けた商品の研究開発も進めています(図9)。
ここでも研究の主眼は、哺乳運動に難しさを抱え、専門的なケアを必要とする赤ちゃんのために、機能的にどのような哺乳障害があり、どのようなことができないため「自身での哺乳」が難しいのかを解き明かすことに置いています。
漠然と「飲めない」ではなく、哺乳の3 原則の吸着、吸啜、嚥下の観点からどの動作に障害が生じているのかを探求し、どういった機能を支える商品を生み出せば赤ちゃんの哺乳をサポートでき、授乳するすべての人に幸せを感じてもらえるか、常に問いながら研究開発にあたっています。
ピジョンの哺乳運動研究のポイント
- 哺乳運動を理解し、赤ちゃんにとって必要な機能を形にすることを目指した研究を行っています。
- 研究開発においては、哺乳の3原則(吸着、吸啜、嚥下)を核に、商品の開発にとどまらず、「赤ちゃんが哺乳すること」そのものを探求しています。
- ピジョンの哺乳器は、研究を通して培った様々な知見を基に、形状の模倣ではなく、機能的に哺乳運動を再現することを目指しています。
- 哺乳運動がまだ十分に確立できていない赤ちゃんでも飲める哺乳器を基本形としています。
- 専門的なケアが必要な赤ちゃんに対しても、哺乳の3原則を踏まえ、どの部分に困難が生じ、どの機能を支える商品を生み出せば赤ちゃんとママの母乳育児をサポートできるか、常に問いながら研究開発を行っています。
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