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哺乳運動のメカニズムの解明と機能の再現を探求するピジョンの研究

呼吸に負担をかけない乳汁流量の探求

哺乳運動における最終段階は、乳汁を食道へと流入させる「嚥下」の働きです。大人の嚥下は呼吸を止め、嚥下後に呼気から呼吸を再開するのに対し、赤ちゃんは乳首を口にしたままの半開口の状態で、乳汁を飲みながら鼻からの呼吸を続けていることが知られています1)。ピジョンでは、この乳児期にのみ存在する「乳児嚥下」を探求し、そのメカニズムから判明した知見を商品開発につなげています。

ピジョンの一連の嚥下研究で分かってきたこと

乳児嚥下は哺乳時に日常的に観察されていましたが、実際にどのようなメカニズムに基づき呼吸と嚥下を両立しているのかについての詳細は明らかになっておらず、様々な仮説が提案されていました2) 4)。ピジョンでは、この「乳児嚥下」時の呼吸と嚥下の協調運動についての探求を進め、嚥下中の赤ちゃんの呼吸がいくつかのパターン構成からなること5)、嚥下時に呼吸を抑制する協調運動が存在すること6)、嚥下を伴わない吸啜時の呼吸が持続すること7)、併行して生じる乳汁の口腔内喉頭蓋谷付近の停留が存在すること7)――、などの哺乳のメカニズムを確認してきました。こうした研究から、乳汁停留とむせ込みを防ぐ授乳姿勢や授乳間隔の調整を行うなどの授乳スキルの大切さとともに、人工乳首の乳汁流量を赤ちゃんの発達に合わせて調整することの大切さが分かってきています。

研究の背景

成人の嚥下と異なる、乳児期特有の「乳児嚥下」1)

成人期の嚥下は、呼吸を一時停止し、嚥下後に呼吸が呼気から開始されることが多いことが知られています。呼吸をいったん止めて、喉頭を閉鎖し、飲食物を食道へ安全に移送できるよう、呼吸と嚥下を精密に制御するシステムが備わっていることが特徴です8)(図1)。
一方で、乳児期の嚥下においては、呼吸を止めることなく哺乳を続ける様子が日常的に観察されています。この背景としては、赤ちゃんは喉頭が高い位置にあり、口蓋垂と喉頭蓋の距離が近く、呼吸しながら嚥下することが可能になっていること1) 9)が指摘されています(図2)。しかし、赤ちゃんにおいても食道と気道が完全に分離しているわけではなく、多くの観察研究から嚥下が呼吸に大きな影響を及ぼすことが示されていました1)10)-12)

乳児嚥下と成人嚥下の違い
図1乳児と成人の頭頸部断面の比較
図2新生児の嚥下の特徴

ピジョンの乳児期における呼吸と嚥下の協調運動研究

ピジョンではこうした現状を踏まえ、「哺乳運動中の呼吸動態」の観察・測定研究を進めてきました。2006年から開始した一連の共同研究では、NICU 入院児の哺乳運動中の呼吸動態の変化の様子を検討してきました。
2006年の研究5)では、哺乳中の赤ちゃんの呼吸の状態について、鼻腔気流センサを用いた観察研究(3名)を実施しました。その結果、安静時の呼吸曲線は穏やかな立ち上がりと減衰を繰り返すのに対し、哺乳中の呼気・吸気にはスパイク状の急峻な立ち上がりと減衰を示す変化パターンを呈し、その前後に気流が停止される期間(約500~600ミリ秒)が認められました。また、嚥下中の赤ちゃんの呼吸がいくつかのパターン構成からなることが示されました。
2007年の研究6)では、同様の研究手法により対象としたNICU 児の全ケース(13例)において、嚥下休止時の毎分呼吸数は安静時より増加しており、哺乳運動が呼吸を抑制していることが示唆されました。2008年の研究7)では、鼻腔センサとビデオカメラによる動作観察、超音波診断装置よる口腔内観察の同期観察研究(5名)により、嚥下時には、軟口蓋・口蓋垂の挙上に伴い鼻咽頭閉鎖が起こり、一過性気流停止(500ミリ秒以内)が発生していることが確認されました。一方で、嚥下を伴わない吸啜の場合は、乳汁は吸啜によって吸引され、口腔内喉頭蓋谷付近に停留し、鼻腔部気流停止が起こらず、呼吸が連続することが示されました。こうした研究成果から、赤ちゃんの呼吸と嚥下の協調運動には不完全な部分があることが分かってきています。2009 年にはさらに研究を進め、口腔内の乳汁摂取量と呼吸動態の関係に着目にした研究を実施しています。

人口乳首を使用した哺乳運動中の呼吸動態の変化について第5報

研究の目的

NICU 入院児における、びん哺乳による哺乳運動中の呼吸動態の変化の様子を検討しました。特に乳汁流出量の多寡と吸啜と嚥下の関連性、乳汁流出量と鼻腔からの呼吸の関係を明らかにするため、一回の吸啜で吸引される乳汁流量、嚥下回数、呼吸抑制の関連性について超音波断層撮影により詳しく検討しました。

方法

  • 対  象
    大学病院NICUにおいて、必要哺乳量が全量経口摂取可能な児3名
    大学病院NICUにおいて、必要哺乳量が全量経口摂取可能な児3名
  • 測定方法
    哺乳びんを使用しての授乳の様子を、ビデオカメラを用いて赤ちゃんの顔の側面を真横から録画記録(顔側面画像)し、呼吸の状態に関する情報を鼻腔に設置したエアーフローセンサを用いて収集するとともに、超音波診断装置(エコー)を用いて下顎からの矢状断のエコー画像を撮影しました。顔側面画像と、鼻腔の呼吸曲線、エコー画像の3点は、同期撮影装置にて同期記録しました。また、観察中の動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定しました。
    哺乳びんでの授乳に使用する人工乳首は2 種類(AタイプとBタイプ)を用い測定を行いました。AタイプとBタイプの外形・材質などは同じで、先端の吸い孔の口径のみ変更しています。BタイプはAタイプの吸い孔の口径を約20%縮小させ、乳汁流量を少し抑えた設計としています。
    観察・測定方法の模式図

    顔側面画像と、美級の呼吸曲線、エコー画像の3点を同時記録しました。

    大学病院NICUにおいて、必要哺乳量が全量経口摂取可能な児3名
    研究に使用した2種類の人工乳首

    AタイプとBタイプの外形・材質などは同じで、先端の吸い孔の口径のみ変更しています。

    吸い孔の口径を縮小させた設計イラスト

結果

  • 哺乳運動は吸啜運動と呼ばれる舌の波動状運動(蠕動様運動)とそれに続く嚥下運動の2つの運動から形成されますが、嚥下運動は毎回発生する訳ではないことが示されました。
  • Aタイプの人工乳首の嚥下を伴う吸啜運動が発生する頻度は、約1回/1~2吸啜サイクル(0.67)でした。一方で、Bタイプの人工乳首では、約1回/2吸啜サイクル(0.50)となり、人工乳首の乳汁流量により嚥下の発生頻度が異なることが確認されました。
  • 結果:吸啜と嚥下の発生比率
    吸啜と嚥下の発生比率
  • また、嚥下を伴わない吸啜運動時には乳汁のしぼり出しは行われるものの、嚥下が発生しないため軟口蓋の拳上および鼻咽頭閉鎖が生じず、結果として一過性の気流停止も発生しないことが確認されました。口腔内の乳汁は喉頭蓋谷付近に停留し続ける様子が口腔内エコー像から確認されています。
  • この喉頭蓋谷付近の乳汁停留は、乳汁流出量の多いAタイプの人工乳首でより顕著に観察されました。
喉頭蓋谷付近の乳汁停留の比率

研究結果の考察

乳汁流出量による呼吸活動への影響の可能性

本研究の対象児においては、人工乳首AタイプはBタイプ(吸い孔の直径をAタイプより20%小さく設定)と比較して、乳汁流出量の影響により吸啜回数あたりの嚥下発生比率が高くなることが分かりました。
吸啜回数あたりの嚥下発生比率の高さが、赤ちゃんに及ぼす影響については不明な部分が多いものの、嚥下時に鼻腔部気流が一時的に抑制されることから、乳汁流出量の多い人工乳首を使用する際には、呼吸活動に負担が生じる可能性に留意する必要があることが示されました。
また、嚥下を伴わない吸啜運動の際には、喉頭蓋谷付近での乳汁停留が認められました。誤嚥を引き起こす可能性があるため、乳汁流出量が多い人工乳首は、むせこみや誤嚥に注意して使用する必要性があることが示唆されています。


研究から生まれた発達段階に合わせた流量のラインアップ

発達に合わせてサイズを選べる「母乳実感」

ピジョンの嚥下研究の結果13)、乳汁流出量が多すぎる場合、吸啜回数あたりの嚥下発生比率が多く、呼吸活動に負担が生じている可能性があることが分かっています。一連の研究からは一度の吸啜運動にともなう乳汁射出量は、赤ちゃんの吸啜・嚥下能力に合わせた適量であることが重要であることが示されています。「母乳実感」では、こうした研究成果を反映し、赤ちゃんの発達に合わせた流量のサイズラインアップを用意しています。

母乳実感のカタチの工夫

月齢に合わせた適切な乳汁量を実現する吸い孔サイズのラインアップ

「母乳実感」の人工乳首は、月齢に合わせて適切なペースで飲める5 種の孔サイズを用意しています。孔の大きさだけでなく、赤ちゃんの哺乳運動の発達に合わせて変化する吸啜の強さも配慮した吸い孔の形状設計も取り入れています(図3)。
赤ちゃんの成長に合わせた、赤ちゃんの呼吸と嚥下の協調運動を阻害しない適量の乳汁射出量で哺乳をサポートするのが「母乳実感」の人工乳首の特徴の一つです。

発達段階に合わせたラインアップ
参考文献
  1. 1) 弘中祥司. 嚥下運動の発達, 田角勝, 向井美惠編著. 小児の摂食嚥下リハビリテーション 第2版. 医歯薬出版,東京, 2014: 37-39.
  2. 2) 金子芳洋編, 向井美恵, 尾本和彦著. 食べる機能の障害: その考え方とリハビリテーション. 医歯薬出版, 東京,1987: 9-85.
  3. 3) 田角勝ほか. 超音波検査法によるnutritiveとnon-nutritive suckingの検討. 日本新生児学会雑誌. 1988; 24(2): 534-538.
  4. 4) 林良寛. 特集/発達神経学. 哺乳行動の発達. 小児科診療. 1997; 60(5): 735-741.
  5. 5) 長島達郎ほか. 人工乳首を使用した哺乳運動中の呼吸動態の変化について. 日本周産期・新生児医学会雑誌. 2006; 42(2): 492.(ポスター発表: 第42回日本周産期・新生児医学会学術集会, 2006年7月; 宮崎)
  6. 6) 岡野恵里香ほか. 人工乳首を使用した哺乳運動中の呼吸動態の変化について(第2 報). 日本周産期・新生児医学会雑誌. 2007; 43(2):442.(ポスター発表: 第43回日本周産期・新生児医学会学術集会, 2007年7月;東京)
  7. 7) 岡野恵里香ほか. 人工乳首を使用した哺乳運動中の呼吸動態の変化について(第4 報). 日本周産期・新生児医学会雑誌. 2008; 44(2): 570.(ポスター発表: 第44回日本周産期・新生児医学会学術集会, 2008年7月;
  8. 8) 才藤栄一, 植田耕一郎 監修. 摂食嚥下リハビリテーション 第3版. 医歯薬出版, 東京, 2016.
  9. 9) 熊倉勇美. 呼吸と摂食・嚥下. 才藤栄一, 向井美惠 監修. 摂食嚥下リハビリテーション 第2 版. 医歯薬出版, 東京, 2007: 102-104.
  10. 10) 田角勝. 摂食・嚥下に関する解剖学的知識. JJNスペシャル. 1996; 52:120-121.
  11. 11) 向井美惠. お母さんの疑問にこたえる 乳幼児の食べる機能の気付きと支援. 医歯薬出版, 東京. 2013:48.
  12. 12) 大塚義顕. 嚥下運動の発達. 田角勝, 向井美惠 編著. 小児の摂食・嚥下リハビリテーション. 第1版. 医歯薬出版, 東京, 2006: 42.
  13. 13) 斉藤哲, 岡野恵里香. 人工乳首を使用した哺乳運動中の呼吸動態の変化について(第5報). 日本周産期・新生児医学会雑誌. 2009; 45(2): 638.(ポスター発表: 第45回日本周産期・新生児医学会学術集会; 2009年7月; 名古屋)